競技用けん玉の歴史(変遷)

※写真:左から【S-18 型けん玉】 【S-17型けん玉】 【トータス17型けん玉】 【けん玉協会認定品】

けん玉の種類(形状やサイズ)はたくさんあります。
GLOKENでは、歴史的な背景を含めできるだけ多くの種類のけん玉を紹介したいと考えています。

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※写真:ビルボケ(左)と、日月ボール(右)

写真左はフランスの「ビルボケ」と呼ばれるけん玉で、16世紀もしくはそれ以前からヨーロッパで遊ばれていました。世界中にこのビルボケ(Bilboquet)様の遊び道具は多く点在していますが、多くの人々が熱狂した記録という点では、フランスのものが最も有名です。

※フランスから伝わったと推測するのが妥当性があると考える一方で、フランスから日本に伝わったと記載されている歴史資料は皆無であり、日本のけん玉のルーツについての詳細は不明となります。けん玉の歴史資料のページ参照

日本の江戸時代にはワイングラスのような形状の拳玉(けんだま)と、このビルボケに似た形状の拳玉の両方を文献で確認することができます。

その後、大正時代に現在のけん玉の形に近い「日月(にちげつ)ボール」が考え出されました。
日月ボールの考案者(大正8年、実用新案取得)は広島県呉市の江草濱次(えくさ はまつぐ)さん、そして広島県廿日市市の本郷木工所とその親類の工場などで大正10年頃より大量生産が始まりました(けん玉発祥の地としての由来)。

昭和初期に何度の大ブームを経て全国へと広まりました。
けん玉は子どもの遊び道具、おもちゃとして、各地でそれぞれの遊び方や競い合いの方法が誕生しました。発祥の地となった広島県廿日市市では最盛期、全国シェアの7割にあたる年間30万本程度が生産されていたそうです。

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※写真:民芸品けん玉はライン入りが多い

また、東北地方のこけし、小田原の独楽など、ろくろの技術が共通している工場などで民芸品としてのけん玉も多く登場しました。

しかし、日月ボール、そして民芸品と呼ばれるけん玉は、単なる子どもの玩具またはお土産品であり、技を極める、競い合うために設計されたものではありませんでした。
より成功させるため、子ども達は玉の穴を削ったり、けん先に鉛筆のキャップをつけたりという工夫をしていたようです。

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※写真:競技用けん玉の先駆け、S型けん玉

そんな中、けん玉をより深く楽しみ、高度な技も開発する愛好家が集った東京けん玉クラブが昭和43年に始まりました。主宰者(新間英雄さん)はけん玉研究家でもあり、けん玉の歴史を詳細に調査するとともに、木工職人さんと形状の改良にも取り組みました。 最初の競技用モデルは昭和51年に宮城県内での試作品で、これらのけん玉はS型けん玉と呼ばれることになります。

東京けん玉クラブとは別に、昭和50年に設立された日本けん玉協会が、昭和52年に競技用けん玉を製作する際にS型けん玉の設計者らに協力を依頼、参考にされたのがS-17型けん玉でした(当時は「けん」の高さ16.8cmで設計)。
その際、けん先が短くなったけん玉を採寸したために、16cm=16型となったと当時の関係者から伺いました。

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※写真:S型けん玉設計者自宅にて

写真のけん玉は、当時(昭和50年代前半)作られたS型けん玉です。当時はけん玉を作る材質もさまざまで、シタン、カリン、ケヤキ、などの銘木で作られており、数十年が経過した今でも、輝いています(右端は夢元けん玉)。

駄菓子屋等で売られていたような玩具けん玉も、ケヤキ材が多く、良質なザラザラした手触りの木肌が人気だったようです。
その後、木材の高騰につれケヤキからブナやサクラが多く使われるようになり、現在ではブナ材のけん玉が主流となっています(玉にはサクラを使っているメーカーもあり)

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※写真:けん玉協会の認定けん玉(初期)

写真は日本けん玉協会、初期のころの認定けん玉(サインは初代会長・藤原一生氏)。 日本けん玉協会は、スポーツ競技としてのけん玉を広めるため、全国統一のルールと、統一規格としての認定けん玉(16型)を設定しました。

当時、単なる玩具、子どもの遊び、としてのみの認識しかなかったけん玉に、スポーツの要素とけん玉「道」の要素も取り入れての普及、そして認定けん玉の普及が本格的に始まりました。
けん玉が全国に広まり技術レベル(とりわけ、基本的な技を正確に決める技術)の向上や、全国大会の開催などが大きな功績だと思われます。

一方で、認定けん玉の普及と共に、各地に残っていた遊び方やけん玉の形状は、駆逐されたのも事実です。 けん玉の遊び方の中でも、一部の地域のやり方(流派といっても良いかも知れません)のみがスタンダードとして広まり、その他のやり方を悪いやり方と位置づけたことは、自由な発想の元に持ち方や操り方を工夫して、多様な技を生み出すことを阻害する結果となりました。

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※写真:2000年代前半にモデルチェンジ

規模的に主流となった協会認定けん玉ですが、オリジナルモデルともいえるS型けん玉にも根強いファンが多数おり、東京けん玉クラブを前身とする日本けん玉愛好者連盟が協賛する民芸交易が製造発売元として平成2年まで生産されていました(平成2年生産中止、愛好家連盟は同年5月解散)。

協会認定けん玉は、いくつかのメーカーが生産をしていますが、2000年代前半には大きなモデルチェンジも経ています。 写真左が、旧タイプ。 写真右が、新タイプとなっています。

皿胴や、すべり止めと呼ばれる部分に丸みを持たせたデザインとなりました。この写真からはわかりませんが、皿銅から糸が出る位置などにも変化があり、現在の競技用けん玉はこの形が主流と言えます。

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※写真:S型けん玉の形状は、トータスへ

民芸交易が製造販売していたS型けん玉については、平成2年、14年間の歴史に幕を閉じた後、製造販売はトータスが継承し、8型、14型、16型、17型モデルが継承されて現在へと至っています。
(S型という名称は継承されていません)

※写真左から順に、
14型、8型、16型ケヤキ、16型、17型
(ケヤキ以外はブナ材)

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※写真:16型けん玉と、16型ケヤキけん玉

トータスのケヤキ材(16型)は、国産のケヤキを使用しており、色、手触りともに良質であすが、木材の入手困難に伴い2012年の生産以降は、復刻の予定はないとのことです。

ケヤキはかたい木であるにも関わらずあたりが柔らかく、玉やけんのはねかえりの少ないけん玉とされています。耐久性の良さにも優れ、けやきでけん玉を作っていた昔の人の智慧には関心させられます。

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※写真:プレーヤーに絶大な支持を得た夢元

「競技用けん玉」を、技がやりやすいように設計されたけん玉、とするのであれば、その種類もさまざまなのは上記説明の通りです。

いくつかのメーカーが生産していますが、その中でも全国大会にでるような競技者や、トッププレイヤーに絶大な支持を得たけん玉が2000年代前半~中頃にかけて生産されていました。
広島県廿日市市にある熊野筆の軸などを製造するメーカー「イワタ木工」が製造していた夢元(むげん)けん玉で、伝説になっているといっても過言ではありません。

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※写真:夢元無双として復活した新夢元けん玉

遊びとしてのけん玉(技もの、と呼ばれる遊びのひとつ)の中で技を競い合い、難度の高い技に挑戦するのは自然なことだと思います。
より高度な技を、よりやりやすくするために生まれたのが競技用けん玉の歴史でもありました。道具の進化は、技の進化、プレーヤーのレベル向上につながり、またその逆もあったことでしょう。
きっとこの先も、けん玉は形状も、技術も、世界的な人気も含めて進化をし続けると確信しています。

人それぞれによって好みのけん玉の形、サイズ、材質は違うと思いますし、同じように見えるけん玉でも木のけん玉の重量や質感は1本1本が微妙に違っています。
自分の手にしっくり合うものを探すのも、けん玉の楽しみ方の一つです。

GLOKENはできるだけ多くのけん玉を紹介し、また製造や開発といった進化の部分にも携わりながら、長く大切にできるけん玉に出会うお手伝いをしたいと考えています。
ぜひサイト内を見ながら、けん玉を楽しむきっかけとして頂けますと幸いです。

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